グローブ座
奴婢訓
作・演出 寺山修司
演出・音楽 J・A・シーザー
出演 瀬間千恵/蘭妖子他
東京グローブ座
●柿おとし
流山児事務所公演「青ひげ公の城」は、寺山修司の遺産をどう現代化するかと いう試みだったが、万有引力を主体にした「奴婢訓」は正に寺山演劇(=天井桟 敷)の再現だった。万有に蘭妖子、福士恵二、日野利彦が加わった俳優陣は新高 恵子、若松武がいないだけだし、スタッフは演出・音楽のJ・A・シーザー、美 術の小竹信節を始め、天井桟敷時代そのままだ。西武劇場のプロデュース公演の ために書かれた「青ひげ公の城」が台詞主体の劇でイメージの部分はまだ遊べる 要素があったのに対し、俳優の肉体、音楽、美術、照明すべての要素が揃ってこ そ成り立っていた「奴婢訓」はそれこそ天井桟敷でしか再演できなかったはずだ。 そういう意味では、企画した劇書房が必死に元天井桟敷のメンバーを集めた努力 は買っていいだろう。特に奇妙な機械の数々を作り出した小竹をスタッフにした のは大きい。「自分で折檻する機械」や「主従逆転機械」(勝手に名前を付けて いる)、「聖主人を作り出す機械」などの機械類は、主人の不在を描いた「奴婢 訓」には欠かせない。1本のロープとポールで宙高く体を水平に固定したり、体 を激しく舞台に打ち付けるといった肉体の表現は、万有の役者陣が天井桟敷の肉 体表現を見事に継承していたからこそ可能だったと言えよう。
「奴婢訓」は81年の第1回利賀フェスティバルで見ただけだが、この時の利 賀山房を使った公演が「奴婢訓」の上演史の中でもベストに上げられてるだけに、 前回と比べてしまうと不満もあるが(なんだかんだ言って、新高、若松がいない のはやはり寂しい)、寺山の先進性がたっぷりと盛り込まれた同作は、世界のど んな前衛劇と対してもひけはとらない。主人不在の物語は「ゴドーを待ちながら」 以来の前衛劇の永遠のテーマだし、使用人たちが繰り広げる主人ごっこも場面ご とに台詞で見せたり、肉体で見せたり、はたまたオペラ調、そして先述の様々な 機械が主人公になったりと息もつかせぬ表現の連続。その豊かさは芝居好きなら 1度は味わってみて欲しい。この間の「青ひげ公の城」に何人かのメンバーが出 演しているが、寺山死後彼の作品は初めてに近い蘭妖子、日野利彦や万有の役者 はやっぱりこういった作品が似合う。特に蘭の唄は聞くだけで価値がある。新高 の代役を勤めた瀬間千恵は、賛否両論ありそうだが、新高とはまた違ったいやら しい女優像を作った。蘭と共に唄で本領を見せた感じだ。(89年8月8日ソワ レ、2h30)
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