扉座(善人会議改め)
うたかたの城

作・演出 横内謙介
出演 岡森諦/伴美奈子/他
本多劇場
8月8日まで
●鎌滝雅久

バブルが崩壊して、ニッチもサッチもいかなくなったディスコが舞台。インカ 帝国のピラミッドを模したお立ち台も人がいなければ、湯水のように金を使うこ とができたあの頃を象徴する、趣味の悪いモニュメントでしかない。岡森諦扮す る古橋は、そのディスコの元オーナーで、人の顔を札束でひっぱたくように生き てきたトンデモナイ男。そのディスコは融資先の銀行から差し押さえられ、今は 管理を任された古橋の元部下秋山(鈴木英一郎)の情けで、ジャルワン(伴美奈 子)というタイ人の元ホステスが住込んでいる(のか?)。宇宙人との交信基地 というコンセプトで開いたこのディスコを始め、自分を“夢を与える仕掛け人' 'だったと自負する古橋が、過去の栄光を忘れられずに、このディスコを訪れた 時に事件が起きる。調子のよさそうな関西弁の男(有馬自由)が、“ちょっと休 ませて欲しい”と、屋上に通じるピラミッドの上の扉から突然現れたのだ。さ らにみすぼらしい格好をした人々が疲れたように、扉から吐き出されると、その 中のひとりが銃を持ち出し、あっという間に古橋とジャルワンは捕らわれの身に なってしまった。ところが彼らが、宇宙船の故障で、“宇宙ステーション”で あるという信号を頼りに、不時着をしてきたらしいということを知ると、古橋は 有頂天になった。“彼の夢”が現実になったことで、彼らの世話を買って出る 始末。お互い、うちとけていくうちに、さらに彼らの正体が、日本人の未来の姿 であり、しかも人類も文化もない過去の世界への、不法移民を企てた犯罪者たち であることがはっきりしていく。

ようは「ジプシー」の焼き直しで、発想の膠着化は感じられるが、リアリティ は遥かに今回の作品の方が上だ。未来の日本人と現代の難民船による不法移民の 問題とだぶらせたり、ジャルワンを始めとする外国人労働者と、やはり未来から 逃げてきた彼らの境遇と重ねたりといった戯曲の構造は、横内謙介の社会との向 かいあい方に変化があったことを感じさせる。流浪の民をジプシーという日本人 の我々が想像しにくい存在から、(未来の姿とはいえ)日本人自身にしたことは 大きな成長だ。大概、岡森が演じるなんだかよくわからなかった若者像も、いつ までも懲りないという単純な性格付けではあるが、リアリティを感じるものになっ てきている。

またこの作品のキーであるジャルワンを演じた伴美奈子の存在も無視できない。 たまたま見た芝居が、そうだっただけかもしれないが、これまでの色っぽい女優 というイメージが吹っ飛んだ清楚さは、得難いキャラクターだ。彼女の存在が、 横内の本を変えたという気がしないでもない。ジャルワンが好きだという藍染め の絵が、2度登場するワケだが、2度目のシーンは素直にいいシーンだと思う。 全体を通した怒りのトーンも買う。善人会議を卒業して、扉座に改名したという 意気込みが十分に伝わる公演だ。(93年8月2日ソワレ、2h15)

■最初は、St.Scrap Shellyの「ダム・ウェイトレス」(ジァン ・ジァン)をやるつもりだった。ピンターの「料理昇降機」を下敷きにした公演 で、オンシアター自由劇場の串田和美と笹野高史(フリー)のコンビで「ダム・ ウェイター」と原題に戻した公演を見たばかりなので、気になったわけだが、ちょっ と疑問が残った。柳岡香里と渡辺育子、それぞれの役者を楽しむことはできたの だが、台本の書き換えでいくつか納得がいかない。台本をほぼ変えずに、登場人 物のふたりの職業を芸人に仕立て上げた串田・笹野組に比べると安易なテキスト ・レジだ。男の役を女に変えるという意味で「ダム・ウェイトレス」にしたとい うのはわかる。しかしダム・ウェイターとは、料理昇降機という意味なのだから、 ウェイトレスにこだわることもなかったのでは。さらにラストで、ふたりの役を ひっくり返しているところがあるが、この作品を円環構造的な作品にしてしまう というのは、マズイのではないか。遊園地再生事業団の「ヒネミの商人」は、山 崎一扮する銀行の外交員が次第に共同体に取り込まれていく怖い芝居。渡辺さん の疲れは、“ ウルトラ”でも癒やせそうにない。真田広之が久しぶりにミュー ジカルに出る。アートスフィアの10月公演「ムーンリットクラブ」がそれだが、 気になるのは、彼の主演映画「新宿鮫」の出来だ。たしか監督は滝田洋二郎だっ たはず。う〜ん、気になるなぁ。


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